経理・財務は10年後も食える仕事なのか

日本経済新聞の元記者で、日本IBMの元コンサルタント、現在はMyNewsJapanオーナー兼編集長の渡邉 正裕氏の著書『10年後に食える仕事、食えない仕事』(東洋経済新報社)を買いました。この記事を執筆した時点で、Amazonでは在庫切れ状態でした。人気のある本のようです。

私の関心はやはり、経理・財務は10年後も食っていける仕事なのか、という点です。巷では、「経理はどこの会社にもいるから、一生食いっぱぐれることはない」という話をよく聞きますが、それは本当なのでしょうか。

 経理・財務については、既に一部が中国等へオフショアリングされ始めている。遅れている会社でも、非正規社員化は進んでいる。たとえば全日空では、経理・財務部門全体で100人ほどが業務にあたっているが、その約半数は、伝票入力業務を中心とする派遣社員で、「ANAビジネスクリエイト」というグループ内の派遣会社ほか数社から派遣されてくる。時給は1500円ほどで、決算期に1週間だけくる派遣社員もいるという。
(中略)
「財務や経理の仕事はルーティンで定型的な作業が多い。ざっくり言うと全体の7割は外注できる感覚があり、それらは最低賃金になっていくでしょう。逆に残りの3割は判断が必要なコア業務なので、国籍に関係なく業務遂行能力が求められます。たとえばCPA(米国会計士)取得者クラスなら、外国人でもOK。これは、CPAを取得するくらいのポテンシャルがあって、やる気も学ぶ力もある、という意味です」(同社中堅社員)
つまり、7:3で「重力の世界」と「無国籍ジャングル」という両極端に分離していくイメージである。お金の世界はもっとも国境が低くグローバル統一の圧力が強いことに加え、経理・財務の仕事は顧客(乗客)に対して行われるものではなく社内向け業務であることから、日本語によるコミュニケーション力が最優先事項にはならず、日本人メリットが働きにくいのである。
たとえば、為替インパクトが一番大きい燃油価格のヘッジをどうするか。ユーロで保有する資金を、どのタイミングで円に換えるか。契約先の外国企業の与信管理をどうやって行うか。機体購入におけるプロジェクトファイナンスをどう組むか。いずれも高度な、そのときどきで異なる判断が必要となる。これらの仕事は、むしろ日本語より現地の言葉を理解していたり、国際感覚が豊かなほうが有利だ。
 財務・経理系のキャリアで生き残るには、無国籍ジャングルで戦い抜けるくらいの研鑽を積むか、対社内向けの業務でない分野、たとえば財務分野のコンサルティングに進出して顧客をつかみ、「グローカル」化する方向が考えられる。私が在籍していたコンサル会社でも、会計士や財務部門出身者が多数いて、同じプロジェクト内で活動基準原価計算の導入コンサルを行っているのを間近で見ていたが、専門性が高く、付加価値は確かにあった。
(渡邉 正裕『10年後に食える仕事、食えない仕事』187-188ページより引用。太字は本書のまま。)

著者独自の「重力の世界」「無国籍ジャングル」「グローカル」という言葉については説明が必要だと思います。
著者は、職業を「重力の世界」「無国籍ジャングル」「ジャパンプレミアム」「グローカル」の4つに分類しています。「重力の世界」は「日本人メリットがなく、特段の付加価値の高いスキルも必要とされない職業」、「無国籍ジャングル」は「知識集約的で、日本人メリットがない」職業、「ジャパンプレミアム」は「日本人メリットを活かせる技能集約的な職業」、「グローカル」は「日本人メリットを活かしつつ、ホワイトカラーとして高付加価値的なスキルを身につけて外国人労働者からの高い参入障壁を築く」職業です。

上記の文章を読むと、英語などの外国語がペラペラじゃなきゃいけないのか、公認会計士やMBAの資格を持っていなきゃいけないのか、と思うかもしれませんが、そうとも言い切れないようです。

 ときに税務当局との折衝が入る税理士も、土着な職業である。裁判官と同様、「公権力行使」の象徴ともいえる税務署の職員は、日本国籍を持つ日本人である。そして、法律は抜け穴だらけでグレーゾーンが多く、税務職員の裁量と、交渉や取引によって納税額が決まる。
(中略)
インド・ニューデリー隣の新興ビジネス都市グルガオンの一等地では、高層ビルにPwCなどのグローバルコンサルファームのロゴマークが目立った。現地を案内してくれた前出の商社マンは「税金関係が複雑すぎるので、外国人にはさっぱり分からない。いろんな特例措置、優遇措置がある。だからそのテのコンサル会社がすごく儲かっている」。まったく同じ光景は上海の「新天地」でも見かけた。資本は海外でも、実務は現地の法律や行政に詳しい現地人になるので、やはり税務は現地人の仕事だ。
(渡邉 正裕『10年後に食える仕事、食えない仕事』122-123ページより引用。太字は本書のまま。)

日本語で書かれた大量の税法の条文・裁判所の判例・国税庁の通達を読みこなすのは、日本人(および日本語ネイティブ)にしか出来ないでしょう。日本の税務当局との交渉も、日本語が出来ることはもちろん、日本人特有の「阿吽の呼吸」を理解する必要があるということでしょう。

これは何も、税理士の先生や税務署職員、企業の税務担当部署で働く人だけに関係のある話ではありません。経理・財務の仕事は、税法を無視して進めることは出来ませんから、企業で税務以外の経理・財務の仕事をしている人にも日本人メリットはあると思います。

会計基準のコンバージェンスならぬ、税法のコンバージェンスが起こらない限り、経理・財務の仕事における日本人メリットは残りそうです。

日本人の経理・財務として、グローバル化の時代の中で生き残っていくためには、グローバルなツール(IFRSや英語)の勉強に勤しむよりは、ローカルなツール(税法やその他の法律)の勉強に精を出す方が、より賢い選択なのかもしれません。逆説的ではありますが。

確実に言える事は、経理・財務の仕事をしているといっても、語学や会計基準、税法などの勉強をせず、伝票入力などルーティンばかりに励んでいる人は、今後はより低賃金で働かざるを得ないということです。

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